当嵌め暗号
当嵌め暗号 あてはめあんごう〖謎なぞ系〗
暗号は通信内容を部外者に秘匿する目的で考案されたものである。その種類は、最も単純な〈当嵌め暗号〉から大型コンピュータを駆使したものまで多岐にわたっている。
暗号そのものが一定の法則に従い、言語を操作した結果生じる論理記号である以上、言語操作そのものである言葉遊びとは縁辺関係にある。そして暗号は理詰めの産物、との印象が強いが同時に、言葉遊びの妙味をもそなえている。ここでは最も単純な当嵌め暗号の古典作品を一例だけ掲げることにする。
なお、パソコンを使うと暗号遊びの領域は広がるが、「紙と鉛筆があれば楽しめる」本来の言葉遊びに外れるので、これの類は対象外とする。
【例】
字変四十八字の法(戦国時代)
いろは四十八文字と縦列・横列各数との組み合わせに基いて伝言を数字で表記するもの。替え字暗号(当嵌め暗号)でもごく初歩的な手法である。
↱ 一 二 三 四 五 六 七
一 い ろ は に ほ へ と
二 ち り ぬ る を わ か
三 よ た れ そ つ ね な
四 ら む う ゐ の お く
五 や ま け ふ こ え て
六 あ さ き ゆ め み し
七 ゑ ひ も せ す ん
例 原 文……と よ と み (豊臣)
暗号文……一七 三一 一七 六
六
当て字名
当て字名 あてじな 〖命名遊び系〗
当て字の言葉遊びの主流は〈当て字名〉ということになる。まず難読ものが優先される。たとえば鬱金香(チユーリツプ)、天鵞縅(ビロード)、錻力(ブリキ)、亜爾然丁(アルゼンチン)等といった文字列は、初めて目にしたときに読めたものではない。
たしかに、日本語の難しさの右翼に位置するのが当て字。なかには国語学者が頭をひねっても正解を得ない難読(とくに姓名)があるというから、一般人にはお手上げとなる。逆に、当て字の固有名詞を勝手に創作して、他人が判読に四苦八苦する〈当て字名〉をレパートリーに加えることで、言葉遊びの醍醐味も増そう。
【例】
福沢諭吉の創作「世界国尽」より
▽和新頓=ワシントン
▽雁保留仁屋=カリホルニア
▽具理陰蘭土=グリーンランド
字面(じづら)イメージ外国都市名 荻生作
▽魔似羅=マニラ
▽放銃午砲=ロンドン
▽堕落天使=ロスアンゼルス
▽無愛想挨拶=ブェノスアイレス
▽熱烈混浴都=クアラルンプール
当て字珍名店(電話帳等より)
▽遊加里=ユーカリ
▽土古里=トコリ
▽寿亭夢=ジュテーム
▽帆微笑=ポエム
▽檀緋瑠=ダンヒル
▽鍵歩飲人=キーポイント
渾名
渾名 あだな 〖命名遊び系〗
当人の本名以外に、人物特徴などから他人が勝手に付けた名前を〈渾名〉あるいは〈又の名〉〈一名(いちめい)〉〈異名(いみよう)〉〈ニックネーム〉などという。本人にとってあまり歓迎したくない内容のものであるのが普通である。
人は幼児から渾名の洗礼体験をもつ。中学へ上がる頃には二つや三つは〈渾名〉を付けられるし、自身も先生や他の友達に付けて面白がったりする。したがって〈渾名〉は、よほど悪質なものでないかぎり、むしろ親称として受け止め、むきになって拒絶しないのが社交上の心得というものだろう。〈渾名〉の傑作は、本人の個性を飾る勲章になりこそすれ、傷つけるようなことにはならないと思う。そして〈渾名〉こそ、最も身近な言葉遊びでもあるのだ。
【例】
古今有名人物の渾名 荻生まとめ
天圧(あめおす)の神(神武天皇)、算左衛門(会田安明)、甘藷先生(青木昆(こん)陽(よう))、憂国のドンキホーテ(赤尾敏)、人間機関車(浅沼稲次郎)、貧乏公方(くぼう)(足利義昭)、トンヤレ宮さん(有栖川熾(ありすがわたる)仁(ひと)親王)、 女彦左(淡谷のり子)、一万田法王(一万(いちま)田(だ)尚(ひさ)登(と))、 捨聖(すてひじり)(一遍上人)、ミスターカルテル(稲山嘉(よし)寛(ひろ))、 眼千両(五代・岩井半四郎)、大雷(おおいかづち)(梅が谷藤太郎)、木食(もくじき)上人(応其)、赤穂の昼行灯(あんどん)(大石良雄)、笑わず屋(金井三笑)、雀(ジャン)聖(阿佐田哲也)、 早稲田の大風呂敷(大隈重信)、強盗慶太(五島慶太)、猿面(さるめん)冠者(かじや)(豊臣秀吉)、さまさようせい(徳川家綱)、夜嵐お絹(原田キヌ)、財界ご意見番(三鬼陽之助)、白足袋宰相(吉田茂) 『日本人名関連用語大辞典』
《参考》
東条大将を軍曹呼ばわり 山口重次
かえって石井参謀に伝えなさい。東条軍曹なんかに戦争が出来るわけがない。わしの見通しに明らかに負けた。本土決戦なんぞというても、軍曹には及ばんことだ。『悲劇の将軍 石原莞爾』
*石原莞(かん)爾(じ)(一八八九〜一九四九)は陸軍軍人で中将。板垣大佐と組んで満州建国を推進し実現した。昭和三(一九二八)年に関東軍主任参謀となると、亜細亜の盟主としての日本を位置づけ、自身の史観思想を集成して『戦争史大観』を著す。己の理想の一端が満州国の誕生で実現、面目躍如たるものがあった。強烈な個性をもち敵も多かった。掲出は、戦争も終結近いある日、東北軍管区報道部員の一中尉が石井参謀の命令で石原に戦局見通しの伺いに派遣された時、石原がその中尉に言った言葉である。石原の東条嫌いは徹底していた。時の陸軍大臣で陸軍大将の位にあった東条を一挙に軍曹まで降格させ、「東条軍曹」と呼んではばからなかったのである。
アクロニム
アクロニム acronym 〖アクロスティック系〗
〈アクロニム〉は、一般に「頭文字語」と訳されている。いうならばアクロスティック・ネーミングである。
英名等の連らなる各語の初めの文字、あるいは最初の音節の文字を集め新語化したものといえる。たとえば、すでに一般化している「レーザー」も、じつは
light amplification by stimulated emission of radiation=laser
のアクロニムである。
日本におけるカタカナ語の氾濫と歩調をあわせ、アクロニムの移入や創作も盛んだ。そして、じつに数が多い。そこでAからFまでに範囲を絞り、かつ、アクロニムがあたかも生の成語であるかのようなイメージをもつものをいくつか集めてみた。
【例】
ANSER(Automatic answer Network for Electronic Request)NTT装置のコンピュータ応答システム。アンサー。
BADGE(Base Air Defense Ground Environment)自衛隊における自動防空警戒管制組織。バッジ・システム。
COBOL(Common Business Oriented Language)オフィスデータ処理用のコンピュータプログラミング言語。コボル。
DIY(do it yourself)英国で発祥した日曜大工の合言葉。日本でもすっかり定着し、用具専門店も少なくない。ドイト。
EUREKA(European Research Coordination Action)欧州先端技術共同研究計画。ギリシャ語で「わかった」を意味する。ユーレカ。
FASID(Foundation Advanced Studies on International Development)国際開発高等教育機構。途上国向け援助機関の一。ファシッド。
『現代用語の基礎知識』二〇〇七年版