文芸遊戯体系 回文系

回文系 かいぶんけい 
頭(かしら)から読んでも尻から読んでも同じ音で、どちらも無理なく意味が通じる語句や文章を〈回文〉という。古くは〈輪廻(りんね)〉ともいい、現代作品は〈アナグラム〉の系統にも属する。言語遊戯を代表する大系の一つであるが、仕上がった作品が遊戯として深味に欠けるのが難点だ。
〈回文〉の発祥は中国で、わが国では平安時代に和歌がそれを見習った。うち最古の作とされているのが、藤原基俊の著になる仮託形式の歌論書『悦目抄』に所収の次の二首である。
廻文とは、かしらよりも下よりも同じ様によまるるなり、これは小輪尼が歌なり
  むら草に草の名はもし具(そな)はらばなそしも花の咲くに咲くらむ
  惜しめどもつゐにいつもと行春は悔ゆともつゐにいつもとめじを
〈回文」は当時、すでに詠歌の一技法として注目されつつあつたわけだ。〈回文〉作りでは、次の三点が規範になっている。
⑴ 濁音は静音に同じとみなす。
⑵ 促音「っ」を「つ」に、逆に「つ」を
 「っ」用いても可。
⑶ 拗音「ゃ」「ゅ」「ょ」を「や」「ゆ」「よ」
 に、逆に「や」「ゆ」「よ」を「ゃ」「ゅ」「ょ」に用いてもよい。
このような最低限の融通性はあっても、〈回文〉創作では、文字数が増えるにつれて難度も高まっていく。そのため言語遊戯中でも「大人の遊び」の領域にあり、新作への挑戦者が絶えない。〈回文〉表現のジャンルもあらゆる文芸分野に広がっている。
〈回文〉が現代でもいかに人気のある遊びであるか、書店や図書館の書架を見れば一目瞭然だ。大型書店になると、他の言葉遊び分野の諸冊を引き離し、一〇冊二〇冊と類書が並んでいて選択に迷うほどである。ただし〈回文〉は、語句が長いものほど不自然さが拭いきれないという決定的なハンデを負っている。また長い詞章ではどこか病み上がりのような痛ましさが感じられ、玉に瑕となっている。そして残念ながら三十一(みそひと)文字以上で、これは素晴らしいと感嘆するような作品に、筆者はお目にかかったことがない。
本章については、〈回文〉類書との重複の愚を避けるため、さらっと概述するにとどめる。